宮本百合子2

 資本主義の社会では、出版という仕事も企業としてされる。資本主義の企業は、本質として利潤をもとめている。一定の量の紙をつかって一冊の雑誌をこしらえるために或る資本がいる。その投資を出来るだけ利まわりよく回収するためには、一冊の雑誌が高くてもどっさりうれるようにしなければならず、売れる、ということのためには、日本の人口の大部分を占める人々――大衆のこのみに合うことが必要となって来る。大衆のこのみとはどういうものだろう。こまかくしらべれば大変複雑で、音楽好き、映画好き、スポーツ好き、様々ではあるが、大体、人間として一応興味をひかれることがらというものはある。衣、食、住のこと、それから恋愛など、愛と憎しみの諸問題。その素朴ないくつかの主題は、その社会がそのときおかれている歴史的な条件で、さまざまに表現をかえて来る。衣、食、住、愛憎の問題だけを見ても、戦争中は、人間的な欲求の一切を抹殺した権力によって、そういうテーマは、すべて自然の文明的な主張をかくし、軍国主義への献身だけが強調された。小説にしろ、そうだった。大衆のこのみは、そこに追いこまれ、すべての出版物がそういう傾向であった。
 だから、そういう時代に本をよみはじめる年ごろになった若いひとたちは、偶然よんだ小説が、竹田敏彦であったり、尾崎士郎の従軍記であったり、火野葦平の麦と兵隊であったりした。本をよむことそれ自体が、一人の人間の生活の環のひろがりを意味するし、心の世界の拡大を意味することは、ゴーリキイの思い出に云われているとおりだから、あの時代、ひとは、一冊の本をよめば、よむほど、その偶然によって戦争気分へひきこまれた。戦争について考え直して見ようとする本、戦争について日本の権力が語るひとりよがりを不審とする論文、そういうものは発表されなかったのだから。

「伸子」は、一九二四年頃から三年ほどかかって書かれた。丁度、第一次ヨーロッパ大戦が終った時から、その後の数年間に亙る時期に、日本の一人の若い女性が、人及び女として、ひたすら成長したい熱望につき動かされて、与えられた中流的な環境の中で、素朴ながら力をこめて羽ばたきつつ自身の道をひらいてゆく現実を描いたものである。
 第一次ヨーロッパ大戦後、日本にも民主的社会への自覚が芽生え、古い階級社会から解放されようとする動きとその文学とが生れはじめた。しかし、「伸子」の作者は、当時まだそういう新しい歴史の展開を自身のものとしていなかった。「伸子」の苦悩と翹望とは、出来上っている社会の常套に承服しかねる一人の女、人間の叫びとして描かれたのであった。
「伸子」一篇によって、作者はそれまで自分を生かして来た環境の、プラスもマイナスもくいつくした。もっと自然に、もっと伸びやかな人間らしさを求めるためには、自身の生きる社会環境を変え、人生と文学との理解においても、一つの歴史的な飛躍をとげなければならなかった。
 この困難な、けれども正直に生きるすべてのものにとって避けることの出来ない試みは、どのようないきさつで同じ女主人公の上に経験されたか。それは、まだ描かれていないのである。

 今日イタリーで云われている「脱出」の新しい意味は、以上のような従来の脱出に加えて、アフリカで、沙漠で、世界観までを新にしようというところであろうが、「リビヤ白騎隊」を観て、この映画の芸術的現実の中から人間再出発の新しい典型を見ることは困難であった。監督アウグスト・ジェニーナは人間再出発の自然的条件として沙漠というものを実に根気よく繰り返し繰り返し見せている。映画の手法、映画の持っている便利なテンポを全く無視する程腰を据えて沙漠とその沙漠をラクダに乗って横切って行く土民とイタリー人の指揮官の一隊を写している。監督の意図では沙漠というものの持つ広大な自然力と小さい人間との対照、並に小さい躯に盛られている人間の自然に対する闘争力を描いて、中尉ルドヴィッチの人間的再出発の説明にあてようとしたのであったかも知れない。残念ながらこの意図は完全に失敗している。なるほど私たちは観ている中に思わず唸るほどたっぷり沙漠を見せられるが、その沙漠はただ風が吹き暴れたり、陽が沈んだり、夜が明けたりする変化に於てだけとらえられている。反復が芸術的に素朴な手法でされているものだから、希望される最も低い意味での風景的異国趣味さえ損われてしまっている。登場する人物は少数のイタリー指揮官と、銃を与えられて、整列すること、敬礼すること、同じ黒い皮膚を持った沙丘の彼方の土民を射撃することを正当化されているリビヤ土人の一隊である。人間再出発の重大なモメントである土民との接触の面は、この映画で軍事的なものの外は見落されている。土民兵士の日常生活、彼等の白い被衣をかぶった妻子たちとの暮しぶり等は一つも画面に取り入れられていない。ただそこには調練と沙漠の行軍と描き出されてはいない敵との交戦があるだけである。これらの描写を通して、ルドヴィッチが最後にクリスチアーナに向って深刻な顔つきで訣別をつげる気持の変化を理解しようとすれば、一つの単純な形で語られている軍人気質、愛国心めいたもの以上に深いものを見出し得ないのがむしろ自然であると思う。
「リビヤ白騎隊」の芸術的限度がそこに止っているのである。

 稲田の間を駛りながら、私はつい先頃新聞に出た「百万人の失業者」という記事を思いおこした。政府は重要産業の補償をうち切って、百万人の失業者を出すそうだが、その百万人の人々とその家族、その主婦たちにとって、この威風にみちた秋田の稲田のことしのみのりは、どういうものになって現れるのだろう。
 政府がきめる土地調整法案で地主は必ずしもいま働いている小作人に土地をわける義務はないのだし、この調整法の本来が大地主をもっと数多い小地主にかえることでしかない。ヤグラの上で、盆祭りの赤い腰まきを木の間にちらつかせて涼んでいる農家のかあさんたちは、この稲田の壮観と、自分たちの土地というものについて何と感じているだろうか。この稲田に注がれている農村の女の労働力はいかばかりかしれないのに、日本の家族制度では、女は馬の次に考えられ、かあさんたちの一人もこの稲田の持ち主ではないだろう。働く婦人が、まっさきに勘定されるのはクビキリの場合だけである。これは国鉄にはっきり現れている。こういう日本の政府のやりかたは、変えられなければならないものである。